嘉永の風が吹き抜ける前のことである。 日本という国は、世界地図の東端において、あたかも深き森の中で微睡む巨木のように、静謐(せいひつ)な時を刻んでいた。
徳川家康が江戸に幕府を開いてより、二百数十星霜。 天下泰平の世は、武士から戦場の血腥(ちなまぐ)さを奪い、刀は武人の魂から単なる装飾へと変わりつつあった。民は耕し、職人は技を磨き、町人は商いに精を出す。それは、世界史的に見ても稀有な、類を見ないほどに洗練された「平和の極致」であったといえよう。
だが、その平穏は、薄氷の上に成り立つ楼閣に過ぎなかった。 海の彼方では、産業革命という名の怪物が産声を上げ、蒸気機関という心臓を持つ鉄の船が、七つの海を蹂躙し始めていたのである。
時は弘化四年(一八四七年)から嘉永三年(一八五〇年)。 これは、黒船という巨影が浦賀の海を覆う、ほんの少し前の物語である。
一、禁裏の祈り
京、御所。 玉砂利の音さえも憚(はばか)られるほどの静寂の中に、一人の若き帝(みかど)が在(おわ)した。 第百二十一代、孝明(こうめい)天皇である。
帝の御姿は、まさに日出ずる国の象徴であった。 即位されたばかりの若き天皇は、日々、賢所(かしこどころ)にて祈りを捧げておられた。その祈りの内容は、己が栄達などでは断じてない。「国安かれ、民安かれ」――ただそれのみである。 歴代の天皇がそうされてきたように、孝明天皇もまた、国家という神殿の主宰者として、天と地、神と人との結び目となる責務を一身に背負っておられたのである。
「異国の船が、近海を騒がせておるというが……」
側近の公家、関白・鷹司政通に対し、帝は憂いを含んだ眼差しを向けられた。 帝の心中にあったのは、恐怖ではない。穢れなき神州(しんしゅう)日本が、土足で踏み荒らされることへの、生理的とも言える拒絶感であった。 当時の朝廷にとって、異国とは単なる外国ではなく、皇国の美しき伝統と秩序を破壊しうる「夷狄(いてき)」に他ならなかった。
帝の祈りは、風に乗って山河を越える。 しかし、その祈りだけでは防げぬ荒波が、確実にこの島国へと押し寄せていた。
二、江戸の憂鬱
一方、武家の棟梁たる江戸城。 その中枢にあって、老中首座・阿部正弘(あべまさひろ)は、眉間の皺を深めていた。 まだ二十代という若さで幕政の頂点に立ったこの切れ者は、誰よりも早く「危機の正体」に気づいていた男である。
机上には、オランダ国王ウィレム二世から届いた親書が置かれていた。 そこには、丁重な言葉遣いながらも、戦慄すべき警告が記されている。
『清国がアヘン戦争にて英国に敗れたるは、貴国もご存知でありましょう。蒸気船の出現により、もはや鎖国によって国を守ることは不可能な時代となりました。開国をなされませ。さもなくば、災いが降りかかりましょう』
隣国の大国・清が、イギリスという西欧の島国に敗れ、半植民地のごとき扱いを受けているという事実は、幕閣たちを震え上がらせるに十分であった。 阿部の脳裏には、巨大な鉄の船が江戸湾に押し寄せ、火を噴く光景がありありと浮かんでいた。
「開国か、あくまで鎖国か……」
阿部は苦悩した。 彼とて愚かではない。世界情勢を見れば、開国こそが理に適っていることは理解できる。だが、徳川幕府には「祖法」という名の絶対的な鎖があった。 二百年守り続けてきた「鎖国」を破ることは、幕府の権威を自ら否定することに等しい。徳川の世を終わらせる引導を、自らの手で渡すことになりかねないのだ。
(まだだ、まだ早い。民も、武士たちも、心の準備ができておらぬ)
結局、幕府はオランダの忠告を謝絶した。 「我が国には我が国の法がある」と。 それは、嵐が来るのを知りながら、雨戸を閉ざして布団を被るようなものであったかもしれない。しかし、彼らにはそうするしかなかったのだ。この時の幕府は、老いた獅子であった。牙は抜け落ち、爪は丸まり、ただ威厳という名のたてがみだけを頼りに、虚勢を張るしかなかったのである。
三、薩摩の英主と若き志士たち
中央が逡巡する中、地方では鋭敏な感性を持つ者たちが、すでに「何か」を感じ取っていた。
南国、薩摩。 桜島を望む城下において、稀代の英主・島津斉彬(しまづなりあきら)は、地球儀を回しながら遠き洋上を睨んでいた。 「西洋の力は、もはや無視できぬ。大砲も、軍艦も、彼らの技術を取り入れねば、この国は食い物にされるぞ」 斉彬の目は、幕府の役人たちが見ていた「保身」ではなく、もっと遠く、「日本という国の存亡」を見据えていた。彼は密かに集成館事業を構想し、反射炉を築き、西洋式の軍備を整えようとしていた。それは、やがて来るべき乱世への、静かなる備えであった。
そして、西の長州。 一人の若者が、書物を片手に国を憂いていた。 吉田松陰、まだ二十歳にも満たぬ若き天才である。 彼は、師である佐久間象山から西洋の事情を聞き、雷に打たれたような衝撃を受けていた。 「海防だ。海を守らねば、日本は終わる」 松陰の瞳には、狂気にも似た純粋な炎が宿っていた。彼は知っていたのだ。太平の世に安住し、武士としての本分を忘れた今の日本人が、いかに脆弱であるかを。 「僕は、この目で見たい。敵を知り、己を知らねば、戦には勝てぬ」 彼の魂は、狭い萩の城下には収まりきらず、やがて天下を揺るがす狂奔へと繋がっていくことになる。
土佐の海辺では、坂本龍馬という大柄な少年が、ただ茫洋と太平洋を眺めていたかもしれない。 彼の胸中にはまだ、具体的な思想などない。ただ、目の前に広がる海が、世界のどこかへと繋がっているという事実を、肌で感じていただけかもしれない。
四、胎動
嘉永三年の江戸は、表向きには変わらぬ賑わいを見せていた。 千住の宿場は旅人で溢れ、両国の花火には歓声が上がる。人々は、今日の糧と明日の楽しみだけを考えて生きていられた。 それは、平和がもたらした幸福な麻痺であった。
だが、地下深くでは、マグマが確実にその圧力を増していた。 天皇家という日本古来の権威。 徳川幕府という現実の統治機構。 そして、外から押し寄せる西洋文明という荒波。
これら三つの力がぶつかり合う「特異点」が、刻一刻と近づいていた。 歴史の歯車は、軋み音を立てながら、ゆっくりと、しかし確実に回転を始めていたのである。
北米大陸では、新興国アメリカが西海岸への到達を果たし、太平洋航路を開拓しようと野心を燃やしていた。マシュー・ペリー提督が、黒塗りの艦隊を率いて出航の準備を整えるのは、もう間もなくのことである。
日本よ、目覚めよ。 悠久の眠りから醒め、激動の荒野へと踏み出す時が来たのだ。 その目覚めは、あまりにも過酷で、あまりにも尊い血を流すことになるだろう。 しかし、それを乗り越えた先にしか、真の「皇国の栄光」はない。
海風が、少し強くなってきた。 江戸湾の波が、以前よりも高く、白く泡立っているように見える。 嵐は、すぐそこまで来ていた。
【著者より】 ついに物語の幕が上がりました。 黒船来航前夜。平和な日常の裏で、為政者たちの苦悩と、若き志士たちの微かな胎動を感じていただけたでしょうか。 今の日本があるのは、この時に「国を守り抜く」と覚悟を決めた先人たちがいたからです。
次回、いよいよ運命の嘉永六年。 浦賀沖に現れた四杯の蒸気船が、日本の長い眠りを強制的に覚まします。 【近代史130年】第1章 第1話「黒船来航と黒船の衝撃」 をご希望であれば、続けて執筆いたします。いかがなさいましょうか?
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